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ことしも1月17日がやってくる。
あれから、もう10年も経つのかー。その間、大阪で勤めていたゼネコンを辞め、結婚し、資格を取り、子供が生まれ、設計事務所を始め・・・・・・、なるほど10年の月日の流れに納得もできる。 あの日のあの時、私は1人暮しをしていた兵庫県伊丹市の木造アパートで、まだ布団の中にいた。伊丹市と言えど、阪急電鉄宝塚線の沿線に程近い、ちょうど伊丹と宝塚の境のとろらへん。揺れに気付いて目が覚め、枕もとの食器棚・本棚から物がたくさん落ちてきたが、布団を被って怪我は免れた。 慌てて電話したが、遠方の相手には、何のことだかさっぱり・・・・。こんな朝早く起こされて・・・・って、感じ。その後、地震の様子がニュースで放送されてから、事態の重大さに気付いた時には、もう電話は不通になっていたとか・・・。 幸い、同じ電車の沿線に親戚が住んでおり、止まっていたガスが復旧するまでのしばらくは、そのお宅でやっかいになっていた。誰も頼るあてがなかったら、どうしていただろう・・・。食糧品を確保するにも不自由していた震災後の時期に、当たり前に会社に通い、食事もお風呂も普通に生活できたことを思い出すと、親戚には感謝している。 10年の間に、一見、街は復興したかに見える。確かに、道路・建物など目に見えるものの復興は進んだかもしれない。その復興団地で、誰にも気付いてもらえず孤独死されていた人がいる・・・との新聞記事。死亡推定時は2003年3月だとか。 住むところがなく、仮設住宅に入っていた人、テント暮らしを続けていた人、他人の家に身を寄せていた人にとって、復興団地の完成は、とても待ち望まれたものに違いない。しかしそこには、昔ながらの長屋のような、近隣とのコミュニティは形成されなかった。 きれいで衛生的、設備も充実して便利、構造的な安全性や防犯面でも最新の設備満載、そんな家で独りひっそりと亡くなり、1年半以上も誰にも気付いてもらえない。 建築に携わる私たちは、一建物の構造・機能・形態・装飾ばかりでなく、その建物を取り巻くコミュニティ(人間社会・生態系・自然環境)をも含めた街の在り方をも、同時に考えていかなければ・・・・と、改めて考えさせられる事件だった。そしてそれは、建築に携わる者だけで解決されるべき問題ではないということも感じている。だからこそ、いろんな分野に関わる人の話をたくさん聞き、違った視点からものを見る力を養いたい。建築の世界は、建築という枠の中だけでの論議に終始してしまいがちであり、技術・見た目の美しさ・新しさ・便利さを追究するあまり、それを使い、そこで社会生活を営み、その建築ができたことで影響を被る人間や生き物(あらゆる生物)を議論の外に追い出してはいないだろうか? それもこれも含めて総合的に捉えた上で、一つの形として建築をつくりあげていくことを、本当の「建築デザイン」と私は呼びたい。そして、「建築デザイン」ができる人=建築家 に、私はなりたいと思う。
by aiarchi
| 2005-01-15 15:07
| 建築
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